改めて新年あけましておめでとうございます。
本日は正月早々エロ話もどうかな…と思いますので2015年話題となるお話から… |
「海に向かって撃て!」ペリリュー島の攻防をアメリカ側から見た映画「The
Pacific」の代表的なシーン。
でも、実際はアメリカ国内で撮影したらしいけど… |
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11月にペリリューに行って参りました…。
今年2015年4月には天皇・皇后両陛下が戦後70年という節目に当たり、太平洋戦争の超・激戦地…ここペリリューにご訪問されるということなので、いつもと話題を変え、実際に自分自身の目で見てきた「ペリリュー」をご紹介してみたいと思います。
「今度ペリリューに行きまんねん!」
「ペルーですか?そら…またエラい遠いとこ行きまんねんな〜」
「いや…ペリリューです。」
「それ、どこでんねん?」
「パラオの南端の地…でございます!」
「パラオってどこでんねん?キャバクラでっか?」
「…(´д`)太平洋戦争の超・激戦地です!」
っていう会話を、会う人会う人にゴマン回ぐらいしてきた訳なのですが、
サイパン・ヤップ島・トラック島同様…ほんの71年前までは日本の領土であり、日本人がインフラを整備し、学校を作り、畑を耕し、立派にたくましく開拓したパラオの島です。
詳しくは
「ペリリューの戦い」(Wikipedia)
をご参照ください。
位置的には、
広島、又は四国の足摺岬を、ひたすら真南に3,100km行けば、着きます!
ちなみに、かつての日本の主力戦闘機・零戦の航続距離が3,350km…
こう考えるといかに当時の零戦が素晴らしい…というより、驚愕の燃費と航続距離を誇ってたかわかりますね!
増槽をつけてという条件はつきますが、単発の単座戦闘機で、日本からサイパンを飛び越え、パラオまで無給油で行けるわけですから…
よく自分は、想像もつかない長距離を感覚で理解するために
「小笠原まで1,000km!その先のパラオ・サイパンは3,000km!零戦もだいたいそれくらい…」という感じで、距離感をつかみます。
…ということで本日は、
《【旅行記】狂気の戦場 ペリリュー〜“忘れられた島"の今…》です。
(…コンテンツのDLは下の【この記事の続きを見る】からです。)
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それでは本日は、
《私が見たペリリューの今…》 です 。 |
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↑ここがペリリューの中心地。
日本で例えれば霞ヶ関みたいなものでしょうか… |
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↑ペリリューで"居酒屋さん"というかメシ屋さんはこの一件のみです。
同じくダイビングで来ていたアメリカ人4人組に毎晩占拠され…
ついぞ私が立ち寄ることは無かった…です。 |
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↑コチラはかつての帝国海軍の総司令部跡
70年以上前の建物がそのまま残ってるのはなんとも生々しいものです… |
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↑横から戦車で砲撃されたのしょうか…
デカい穴が空いてますが、70年経った今でも崩れること無く現存すること自体、驚愕です! |
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↑さらに天井にもデカい穴が…
これはピンポイントで空襲されたのでしょうか…
しつこく言いますが、70年経った今でも崩れること無く現存する姿は驚愕です! |
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↑司令部前に横たわる水筒…
日本兵のモノでしょうか?本当に生々し過ぎます |
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↑司令部の2階に上がる階段ですが、
もうこの時代にきちんと滑り止めが施されてるのには、日本人のモノづくりを感じさせます… |
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↑あまりにグロかったので写真は削除しましたが、
大量のゴキブリが巣を張ってまして…まぁなんともおぞましい光景でした…(´д`) |
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↑しばらく行くと日本軍の戦車が…
おおぉ〜スゴいと思って見てましたが、後ほど出会う米軍の戦車を見ると… |
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↑戦車の砲台から…
映画「The Pacific」でも登場しましたが、わずか3人乗りでございます! |
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↑こちらも映画「The Pacific」の代表的なシーンとなった
アメリカ海兵隊・第1海兵師団の上陸地…「オレンジ・ビーチ」です! |
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↑そのオレンジ・ビーチを実際に潜って見ると、まだ未使用と思われる無数の弾丸が…
形状からして米軍の「M-1ライフル」のクリップでしょうか?
恐らく上陸する際に日本兵に狙撃されたか海に飛び込んだのか…生々し過ぎます |
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↑離着陸の時に撃墜されたのか、それとも…
真相は誰にもわかりませんが、本物の零戦が陸上で無造作に横たわってる光景は…奇跡です! |
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↑ペリリュー島日米攻防のハイライトとなった滑走路です!
当時、東洋一の滑走路だったそうな…今でも軽飛行機クラスなら離着陸するそうです! |
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↑アメリカ海兵隊のLVTです!
先ほどの日本の戦車と比べると、どんなけデカいか…(゜Д゜) |
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↑ここに大量の海兵隊員を乗せ、オレンジ・ビーチに上陸したのでしょう…
未だ車輪が錆び付かず、現役みたいに回る姿は…これまた驚愕です! |
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↑日本軍の砲台です。
海軍なのか陸軍なのかわかりませんが、実戦では一発も発射されなかったそうです… |
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↑あえて足場を撮りました。
70年以上経った今でも、足場は少しもグラつかず強固で頑丈な作り!
こんなところに日本人の物作りのスゴさ…ってヤツに改め感嘆してしまいます… |
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↑恐らく天皇・皇后両陛下もお越しになられるであろう日本の慰霊碑
残念なことに2012年12月にペリリューを襲った大型台風により大きな損傷を受けました。
ちなみにここまで来るのに倒された木々を跨ぎながら徒歩で登ってきました。 |
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↑何かといわく付きの「ペリリュー神社」にやって来ました。
戦前から数えること合計3回作り替えられ、 今の神社は2001年に新たに建てられたものです。 |
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↑そのいわくの最大の原因が、
太平洋艦隊総司令官チェスター・ニミッツが語ったとされる「ニミッツ提督の詩」。
境内に石碑が堂々と飾られておりますが、果たして真相のほどは… |
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↑関東軍最強と言われた「第14師団歩兵第2連隊」・中川大佐と共に残存日本兵が籠城し、
最後の最後まで戦ったとされる洞窟です。 |
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↑その洞窟の前には「終焉の地」と讃えられた小さな石碑が…
数々の鉄兜や水筒、扇子など…当時そのままの状態で供されてます。 |
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↑そして最後に見たものは…
アメリカ陸軍の勝利を讃える石像…
「あ〜なんか、腹が立ってきた!!」 |
…ということで、
本日は2015年目玉となるであろうペリリュー訪問記でございました。
「ペリリュー」
恐らく誰も行くことが無い島だと思いますが、
ここで無数の日本人・アメリカ人が戦闘し、血を流し、はかなく散って行ったことを想ってあげてください。
特にペリリューで戦った中川大佐率いる第14師団歩兵第2連隊は、
栃木や群馬と行った北関東出身の方が多かった…と聞きます。
飲み水も無く、増援の望みも補給の望みも一切無いまま絶望の淵で、
最後の最後まで洞窟で戦った望みある若者達…
ホンの少しだけでも、71年前にこの地で戦った人々のことを思い返してあげることで、
日本から遠く離れたこの地で散っていった若者達は、救われることだと思います…。
…ということで、本日はペリリュー訪問記でした。
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